はじめまして

悩み解消

私はずっと、”子どもへの接し方”に悩み続けてきたママでした。

私自身が、両親と不幸せな親子関係だったので、

正解を知らなかったのです。

父は、自分とも家族とも向き合えない人でした。

家の中のことは完全に母任せ。

私が何か聞いても「お母さんに聞いてごらん」と受け流し

自分はいつもテレビに向かって文句ばかり言っていました。

母は、いつも正解や正しさを大事にしていて

自分の思いと反することに強い拒絶を示しました。

活発だった兄と違い、引っ込み思案だった私は

いつも「もっとハッキリしゃべらないと」、

「もっと外に遊びに行かないと」と言われ、

子供心に(私はダメな子なんだな)と思うようになりました。

勇気を出して言った自分の気持ちもことごとく却下され、

すっかり自信の無いまま大人になりました。

そんな私も人の親となる時、

自分の子には決して「そんな思いはさせない」と誓いました。

でも、自分の親から”そう思わせてしまうやり方”は学んでいたものの、

”そう思わせない”つまり”自分って素敵”と思わせてあげられる

正解の育児がどんなものかよくわかりません。

「とにかく親が私にやったことはしない」

という強迫観念にも似た感情のもと、

ただ我慢する、ただ耐える、という辛い子育てが始まるのです。

そうして、生まれた子はよりによって、とても”育てづらい子”でした。

生まれた時から感覚がとても敏感で繊細、

自分のやりたいことへのこだわりがものすごく強く、


少しでも思い通りにいかないと激しく癇癪を起こすような子供でした。

私の話し方や接し方にも細かく注文があるようで…

息子の「こうしたい」「こうしてほしい」がピンポイントすぎて、私はまるで王子様に仕える人のように、甲斐甲斐しく「こうかな?」「これかな?」と試行錯誤しながらお世話していました。

それでも、初めての子供はものすごく可愛くて、

育児書を読んでは「ママはこの子の1番の理解者にならなくては!」と

必死に毎日を何とか乗り越えていました。

常に子供ファーストで、叱らず優しく言っても全く聞いてくれず、とうとう腹が立っても、

「ああ、怒ってしまう私はダメなママだ」と反省する日々。

でも、我慢は続きません。。

子供が話せるようになると、反省する間もなく罵声を浴びせてしまうようになりました。

「なぜそんな小さなことで怒るのか!!」

という今までの思いが全部口をついて出てきました。

気が付いたら毎日子供に泣きながら怒鳴っている私がいました。

「ママの気も知らないで!!」

「もう黙ってやってよ!!」

2歳の子に向かって本気で怒りをぶつけ自己嫌悪に陥るループ。

我が子を誰よりも大事にしたかったのに真逆な方向へ走っている恐怖

それでも自分しかママはいない…

この子を幸せにできるかどうかは私の手にかかっている。

強い責任感から

「自分が怒らないママになるしかない」

本気でそう思い、子供が幼稚園の年長さんになるまで

「怒らないこと」をひたすら我慢しました。

子供は年長さんになるとグッと楽になりました。

物分かりが急に良くなってきたのです。

自分の細かな繊細さやこだわりも、

場面によって出し入れすることがができるようになってきて

「本当に何も言うことを聞かない子だ!」と呆れ顔で言っていた

私の母や、親戚のおじさんたちの見る目も変わりました。

私はホッとしました。

「おまえの躾がなってない」と、もう言われずに済む。

やっと報われた―

ひと時の平穏でした。

外でいつもニコニコ明るく挨拶のできる子でしたので

幼稚園の先生にもとても好かれました。

激しい癇癪が嘘だったように、お友達にも優しいと評判の生徒です。

前向きにチャレンジもできる子で、跳び箱も物怖じせず飛べたことを先生から聞いてビックリ。

子供の通っていた園では”1日お母さん”という、ママが1人ずつ順番に丸1日保母さん役を務めるイベントがありました。

私が、”1日お母さん”を務めた日に見た光景は、お友達の誰からも尊敬され頼りにされる子供の姿。

「○○君は、すっごくやさしくこうしたらいいよ!ってこと教えてくれる」

「だから大好きなんだよねー」

と、ある女の子が話してくれました。

また、先生いわく「大人とも対等に話ができる」そうで「大人っぽい」とも。

あんなに癇癪で悩まされた我が子が立派に成長している―

胸がいっぱいでした。

しかし年長さんの秋、私は夫と別れ、子供を連れて実家へ戻りました。

結婚後、夫は私の父にそっくりだったことに気がつき、

”人と向き合わずに自分の殻に閉じこもる”

その閉塞感に耐え切れなくなったのです。

夫は子供とはよく遊ぶ人だったので子供は悲しんでいました。

それは辛いことでしたが、私自身が限界で余裕がなく、

「学校へ通えば何とか軌道に乗る」

そう信じて行動したのです。

子供は幼稚園に通っているうちは気丈にふるまってくれました。

寂しさを抱えながらも毎日を明るく楽しく過ごす姿に

「ありがとう」と何度も頭が下がる思い。

以前のように、私が必死に手を尽くさなくても困らせることは少なく、いつも自然に良い子でいてくれることに感謝していました。

ただ、小学校という別空間に通うようになると、子供は徐々に元気を失っていきました。

まず帰ってきたときの目に明るさがありません。

幼稚園の時のような全身から出る「楽しかった!」がなく、

下を向いて口をキュッとしめて、真剣に人生を見つめるような瞳で帰ってくるのです。

それがすごく気になったのに、”幼稚園という遊び場”から”小学校という勉強する場”へ行く時は、こういうものかな?と

”子供の問題”なんだから頑張ってもらうしかないか、そう片づけてしまいました。

年長さんからグッと成長した我が子に対して

「この子は優等生だから大丈夫」そんな慢心もあったのです。

その慢心は子供のSOSをことごとく却下していきました。

子供が学校でのことを話してくれた時、

「絵を描いてたら邪魔されたんだよ~だから先生に言ったんだ」と言えば

「わざわざ先生に言わなくても…○○は自分でやさしくやめてって言えるでしょ」と返し

「休み時間みんなはドッジボールしてたけど僕は教室にいた」と言えば

「○○はドッジボール得意なんだから外に行けばいいのに」と返す。

私は完全に我が子が思慮深く、自分なりの考えがあってそうしていることを見落としていました。

子供は影のかかった顔で私を見返していたのに。

癇癪を起さない今は言葉で言えばわかる

これからは私の”こうしたらいい”を存分に伝えていける

私は、子供を「言うことを聞かない!」という人たちから守っているようで、その人たちと本質は同じだったのです。

”子供はこうあるべき”という価値観を持っていて

目の前の子供を”なおそう”としていた

ただ、「言うことを聞け!」と怒ってそこへ持っていこうとするか、優しく持っていくのか、それだけの違いでした。

結局、私は”我慢”していただけ

そして間違った寄り添い方をしていた

本質の問題である

”子供のそのままを受け入れられない”は根強く持っていたのです。

その後も、子供はどうやらあまり”小学校を楽しんでない”ということはわかっていましたが、それも小学校のせいだけにして私は傍観者を貫きました。

結果、子供は発熱で3日休んだことをキッカケに学校へ行くのを嫌がるように…

優等生に成長したはずの我が子が「まさか」そんな気持ちがいっぱいで

「子供が今どんな気持ちなのか」にまで頭が回りません。

気が動転して「もう時間だよ!行かなきゃ!!」

と、半ば無理やり校門まで連れていく始末…

子供は本当に悔しそうにずっと大泣きしていました。

自分の意思が尊重されない辛さ

ママがそれを強いる絶望感

その日は、たまたま通りがかった先生と目が合うと、スッと涙が引き教室へ入っていきました。

それは彼が学校で今まで頑張っていた姿そのもの。

学校へ行ったのはその日が最後になりました。

私が親から得られなかった正解の子育て

”子供の意志を尊重する”壁にぶち当たったのです。

今まで尊重するフリはしていたので、すっかり尊重した気になっていることが、より問題を複雑にしました。

なぜこうなった?

今まで一生懸命やってきたのに

やっと芽が出てこれからだったのに

いくら考えてもわからず、学校へ行けない日が増えていくごとに

先が見えない不安が募り「そろそろ行ってみない?」なんて声掛けをしては嫌がられ…

そのまま夏休みになり、夏休みが明けても動こうとしない子供に

私も次第に、無理に言っても無駄だと感じ、
ついには言葉をかけること自体をやめてしまいました。

その頃から子どもは、
YouTubeやゲームの世界にどんどんのめり込み、

 私はその姿を見ては、視線や態度で「拒絶」してしまうように。

子供を間違いなく疎ましく感じていました。

 「なんでこんな生活してるの?」「ちゃんとしてよ」
そんな思いが、表情や態度ににじみ出ていたと思います。

そして、YouTubeやゲーム三昧になり2か月ほどたったある日
子どもが、ぽつりと、こう言ったのです。

「もう死んじゃってもいい気がする…」

私は凍りつきました。
自分がやってきたことの重さに、ようやく気づかされました。

「私、こんなに子どもを追い込んでいたんだ……」

「私、が悪いんだ」

 もう、自分ひとりの力では、どうにもできない

いま誰かに助けを求めなければ

そこから私は、必死に探し始めました。

「どうすれば、本当の親子になれるのか」

そんな中で出会ったコーチングという手法で

私の言葉にならなかった気持ちが見えてきました。


どれだけ一人で抱えていて怖かったか

 ただ「わかってほしかったのだ」ということ…

”愛している”が”わかってほしい”と

押しつけになってしまっていることに気が付きました。

本当は、自分が子どもだった頃に
「こんな愛し方は苦しかった」と感じていたのに――
私は大人になって、同じことを我が子にしていたのです。

それに気づいたとき、私はようやく本当の意味で変わり始めました。

初めは、「罪を償うように」
以前のように「自分を抑えながら」子どもと向き合っていましたが、

 少しずつ、子どもが安心し、心を開いてくれるようになりました。

子供の繊細さやこだわりも、こちらが”困りごと”だと決めつけることなく、ただ”子供はそう感じるのだな”と認められると、我慢ではなく自然に”受け入れられる”ことがわかり、むしろ魅力的に思え愛しくなることがわかりました。

「これでよかったんだ」
「子どもを管理するのではなく、ただ愛すること。それが母としての務めなんだ」

そう思えるようになってからは、
自分の内側から湧き上がる思いで、子どもに優しく関われるようになりました。

やがて、子どもの口から「死にたい」なんて言葉は消え、
少しずつ、明るさが戻ってきました。

子どもの笑顔と一緒に、私自身の心も癒されていきました。
私は、私が子どもを傷つけていたからこそ、
自分自身も、こんなにも傷ついていたのだと気づきました。

そして、心の底から思うようになったのです。

子どもを幸せにしたいのなら、
子どもが喜ぶやり方で、
子どもが「優しくされている」と感じられるような方法で愛すること。
それが、本当の愛なんだと。

子供に問題があるのではなく、自分の中の価値観のアップデートをすること。

子供たちは個の輝きを持っているのです。

それを多くのママにこそ知っておいてほしい。

幸せな子供たちを世界に送り出すことが私の夢です。

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